モータウン、アトランティックほどではないにしても、スタックスもレコード会社としてかなりの数のアーティストを抱えていました。その当初から最後までスタックスに在籍していた人にウィリアム・ベルがいました。のびやかで力強いテナーの声でバラードを切々と歌うのがよく合っている人です。はじめて彼の曲を聴いたのが"4000 Volts of Stax & Satelite"というスタックスの初期のレア集に収録されていた Any Other Way の別テイクで、ギター、ベース、キーボード、ドラム、ホーンという編成が殆どの当時のスタックスの曲にしては珍しくストリングスが入っているものでした。ベルは当初はデル・リオズというメンフィスで人気のあったグループにいて、このアルバムではこれまたスタックスでは珍しいノヴェルティの Pop-Eye The Sailer Man も収録されています。その後私は"The Stax Story"で彼の代表曲を聴くわけですが、You Don't Miss Your Water はピアノとシンバルが淡々と流れてオルガンとホーンが被さるアレンジと共にベルの切々とした歌い方が心に滲みてくるのがたまりません。南部のソウルのバラードはこういうカントリーの「泣き」も入っていたりすることが多くその代表曲と言えるものです。
"The Stax Story" に収められているウィリアム・ベルの他の曲というと、オーティス・レディングに捧げた A Tribute to a King という「弔辞」のような曲もありますが、少しざらついたアルトの声のジュディ・クレイとのデュエットの Private Number は最高です。かっこいいギターのフレーズからはじまりベタな歌詞だけれどもそれで終わらないベルとクレイの歌をストリングスとホーンが効果的に盛り上げます。日本でも演歌にこういう世界観の歌詞があるのだから、お手軽なカラオケ向きでない聴かせてくれるデュエットものがあればなあと思う次第です。I Forgot to Be Your Lover も情感を刺激するようなバラードです。アルバート・キングの Born Under a Bad Sign もベルがブッカー・T・ジョーンズと競作したもので、歌手としてだけでなく作曲家としてもなかなかいい仕事をしています。また、"The Original Soul Christmas"というアトランティック配給の歌手の曲を集めたアルバムでは、鈴の音が雰囲気を出している Everyday Will be Like a Holiday という曲が聞けます。
とはいうものの、この人の場合はあまりヒットに恵まれませんでした。スタックスでいきなり You Don't Miss Your Water がなかなかの売り上げで幸先がよかったのですが、その後2年間兵役に就きます。アーティストを多く抱えるレコード会社の宿命か、ベルが戻ってきた時には一押しされる歌手の枠はもう埋まっていました。モータウン全盛の時代白人にもウケる黒人の曲は楽しく踊れるものが殆どで、バラードが持ち味のベルにとっては分が悪かったようです。時が経ちやっと"The Soul of a Bell"というベスト盤のようなアルバムを出します。Everybody Loves a Winner といった泣きのバラードやアップテンポの Never Like This Before や Eloise (Hang on in There) に加えて、以前の曲の再録音やアレサ・フランクリンの Do Right Woman, Do Right Man やオーティスの I've Been Loving You Too Long のカバーなどが聞きごたえがあります。"The Best of William Bell"は1968年以降のスタックス録音で、Private Number は勿論、同じデュオの My Baby Specializes に、自ら歌う Born Under a Bad Sign や Save Us のようにスタックスの色が薄れたアップ・テンポのポップでファンキーな曲が多いようです。(ちなみにデュエットの相方のジュディ・クレイはこれに先立ち、80年代に At This Moment の大ヒットを出していろいろなCDのライナー・ノーツを書いたりしているビリー・ヴェラと組んで、史上初の人種混合の男女のデュオとしてアルバム "Storybook Children" を出しています。)
スタックス倒産後にマーキュリーに移籍したベルにとって、チャートでの最大のヒット曲で当時のはやりの不倫についての歌 Tryin' to Love Two が出ます。無造作に編集された感じの"Ocean Drive vol.4"でたまたまオリジナルの Easy Comin' Out, (Hard Goin' in) と Tryin' to Love Two が聴けました。アル・グリーンのいたハイ・サウンドやフィリー・ソウルを意識した洗練されてポップな曲で、あのスタックス時代のゆったりとして締まった音は遠い昔です。スタックス後の70年代の曲も収録した"Collectors Edition" は殆どがベル自身がアトランタで起こしたレーベル、ウィルビーで80年代に再録音されたものですが、彼自身の作曲のデュエットの小ヒット I Don't Wanna Wake Up (Feelin' Guilty) も収録されています。オーティスやサム＆デイヴのような迫力のある声がスタックスの代名詞であるかも知れませんが、ウィリアム・ベルのような伸びやかな「泣き」の歌声も捨てがたいものです。(2005.03.27)(2007.01.10)